2006年01月10日

ラオスの路線バス

大好きな国・ラオスには鉄道がない。
道路も未整備の赤土色の道がたくさんあったりして、バスや乗り合いトラックで移動すると、たちまち全身赤土のシャワーを浴びる事になっちゃう。
でも気にしない〜♪

2003_0811_122531AB.JPG

画像はラオスの首都・ビエンチャンのバスターミナル。
市場と隣接していて、地方の人たちが大きな荷物を抱えてバスが来るのを待っている。

2003_0811_142559AB.JPG

こっちはバスの車内。
首都・ビエンチャンから、山間の村・バンビエンへ行く時に乗った路線バス。
すっごい汚くてオンボロでしょ〜
ラオスのバスは、ほとんどが日本などの外国の援助か中古でもらったものばかり。
それをすごく大事に使っているの。
ボロボロのシートにみんなで身を縮めて、1人でも多く座れるように肩を寄せ合って乗っている。
ギューギューでしんどくても、誰も文句を言ったりしない穏やかで優しい人たち。

しかし・・・このバス、すごく怖かった〜
こんなにオンボロなのに、すんごい飛ばすの!
下り坂のカーブなんて死にそうだった〜
実際にカーブを曲がりきれなくて、壁に激突したという事故もあるみたい。
おまけに、この旅のつい半年前(2003年2月)に、山間部でバスやトラックの襲撃事件があり、外国人を含む10数人の使者が出たらしい・・・
身も心もかなりドキドキの4時間のバス移動だったなぁ〜
posted by はるたん at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

山間の村・バンビエン

2003_0811_193328AB.JPG

首都・ビエンチャンからバスで約4時間。
マンガ・日本昔ばなしに出てくるような、ちょっと変わった山に囲まれた小さな村、バンビエン。
ビエンチャン〜ルアンパバーンとの中間に位置していて、景色がとてもキレイなので、多くの外国人がここで途中下車してのんびり過ごしている。
たくさんの外国人を受け入れるため、村全体がゲストハウス状態。
昼間は一見のどかな雰囲気なんだけど、夜ともなれば、あちこちにカフェやバーの看板がギラギラして、不良欧米人の遊び場って感じで、近隣ののほほーんとした雰囲気の村とは全然違う。

2003_0811_193823AB.JPG

画像は村の市場。
山奥に住んでいる村人たちが育てた野菜やハーブ類、川で獲った魚・カエル・はたまたイタチやネズミなどが売られていた。
ネズミやイタチなどは村人にとっては貴重なタンパク源。

この日の私達の夕食は、宿泊したゲストハウスの家族と一緒に食べさせてもらったの。
タイ米にタイのもち米が主食で、おかずは筍やゼンマイなどの山菜の炒め物や煮物。
シンプルで素朴だけど、どれもピリ辛でご飯によく合う美味しいものばかり♪
ラオスのビールに自家製のラオラーオ(ラオスのお酒)の”飲め飲め”攻撃にあい、
お酒の飲めない私はちょっと苦労。代わりに夫に飲んでもらった(笑)

夜寝る時に、ふと窓や部屋の壁を見てビックリ!
おびただしい数のイモリが〜
ちょっと怖かったけど、旅の疲れで泥のように眠っちゃった(笑)
posted by はるたん at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

バンビエンからビエンチャンへ(帰路)

2003_0812_120154AB.JPG

バンビエンで泊まった翌日の朝、川のほとりや村の路地を散歩した。
朝早くて霧がかかっているけど、これが美しいバンビエンの自然。

のんびり散歩した後、朝食を摂ろうとカフェへ行った。
ラオスープ(ラオス風のおかゆ)とフランスパンのサンドイッチを注文したんだけど・・・
(その昔、ラオスはフランスの植民地だったので、フランスパンのサンドイッチがあちこちで売られている)
注文してから10分待っても20分待っても全然持ってこないの。
元々向こうの人はのんびりしているので、食事のオーダーでも気長に待たないといけない。
普段だと、「やっぱり遅いね〜(笑)」と待っていても全然苦じゃない。
しかし・・・今回は、先に帰りのバスのチケットを買ってしまい、その出発時間が迫っていた。
「あと5分待ってこなかったら、お金を置いてもう店を出よう」
そして・・・もう席を立とうとした時、やっと運ばれてきた!
あー、良かった♪
サンドイッチと一緒に頼んだコーヒー。
ラオスの飲食店で出されるコーヒーはすごーーーーーぉぉく甘い!
歯が浮いてしまうほど甘いのに、おもむろにエバミルクの缶を差し出された。
どうやら更にエバミルクをたっぷりと入れるらしいの。
調子に乗ってたっぷり入れたら、甘すぎて最後まで飲みきることが出来なかったよぅ。

ビエンチャンへの帰路は、外国人観光客御用達(笑)のVIPバスにした。
と言っても、ただのワンボックス。
私達を含め10人足らずの外国人を乗せて、ビエンチャンへ向かって出発!
クーラーも効いているし、前日に乗ったオンボロバスのようにヒヤヒヤドキドキする事もない。
が・・・事件は起こってしまった!!

2003_0812_135759AB.JPG

なんと、タイヤがパンクしちゃったの〜(決して私が重いからではありません)
辺りには何もない辺鄙な所でパンクしてしまい、運転手のオジサンは汗ダクダクになりながら1時間かかってスペアのタイヤと交換。
その間私達は、車から降りて道端でボケーーーーッと日向ぼっこしていた。
オジサン、お疲れ様!暑い中ありがとう。

そして、車は再度快適なドライブを続けていたんだけど・・・
ん?なんだかすごく暑い。
そう、今度はクーラーが壊れてしまったの〜
体臭のキッツイ欧米人のお兄ちゃんたちの芳しいニオイ&暑さと戦いながら、前日のオンボロ路線バスよりもはるかに時間をかけてビエンチャンへ戻ったの。
辛かった〜(苦笑)

ちなみに、タイ人やラオス人の体臭は全然きつくないの。
暑い国だから汗臭いかな〜って思うけど、ぜーんぜん。
やっぱり食べ物の影響が大きいのね。
posted by はるたん at 15:05| Comment(3) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

ラオスの凱旋門(パトゥーサイ)

2003_0812_174918AB.JPG

首都・ビエンチャンにある、内戦で戦死した兵士の慰霊塔。
パリの凱旋門をモデルに建てられたんだって。
中に入ることが出来、汗をかきかき階段を登ると・・・

2003_0812_175900AB.JPG

ワオーーーッ♪
このようにビエンチャンが一望できるの。
え?これが首都?って感じでしょう?(笑)
人も車も少ないよね。

2003_0813_110359AB.jpg

市場の近くで。
アジアの女性はとっても働き者。

ラオスの人たちは、すごくシャイでおとなしいの。
でも、旅をしている私達を遠巻きながらちゃんと見守ってくれている感じ。
目が合うと、はにかみながら笑顔を見せてくれる。
あー、最高♪
posted by はるたん at 17:51| Comment(6) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

もう一度行きたい、ワット・プー

かつてここに王国があったとは、にわかには信じがたい。
現在はその面影もなく、メコン川沿いにたたずむ小さな町。
こんな辺鄙で静かな田舎町に、ラオスでふたつ目の世界遺産がある。

チャンパサックの町から約10キロ。
未舗装の赤土の道をまっすぐまっすぐひた走ると・・・

2005-08-15_15.58.12.JPG

「ワット・プー」
カンボジアにあるアンコールワットを築いたクメール族が、アンコールワットを建立する200年も前に経てたと言われているヒンズー教の寺院。

ワット=お寺、プー=山
ここはその名のとおり、山全体を利用して建てられている。

世界遺産なのに・・・観光客がほとんどいない!

山麓部

2005-08-15_16.01.51.JPG

中間部
2005-08-15_16.18.17.JPG

急な石段をヒーヒー言いながら登ると、プルメリアの花の甘い香りが風に乗って疲れた身体を優しく癒してくれる。

山頂部

2005-08-15_16.27.18.JPG

2005-08-15_16.23.33.JPG

振り返ると・・・・こんな美しい景色が!!
緑美しい静かな古都・チャンパサックの町。

2005-08-15_16.29.02.JPG
posted by はるたん at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

母なるメコン川

2004_0429_165731AA.JPG

ラオス人の命の川・メコン川。
メコン川は、遠くチベット高原に源流を発し、中国雲南省を通り、ミャンマー・ラオス国境線を、
そしてタイ・ラオス国境線を描き、その後カンボジアを通ってベトナムに抜ける赤土色の大河。

メコンの語はタイ語に由来する。
メ(正しくはメー)はメーナーム(川)の短縮語、コン(正しくはコーン)はワニと言う意味である。
「ワニ川」にまた川を着けるのは、おかしいと言うことで、そのままメコンとも言うこともある・・・

この大河は、何千年も何万年も昔からここに息づく人々を静かに見守ってくれている。

2005-08-14_20.21.36.JPG

ラオス南部にある、ラオス第二の都市・パクセーでの夕暮れ。
メコン川でバイクを洗っている青年に出会った。
ラオスは赤土むき出しの未舗装の道路が多く、バイクや車はすぐに汚れてしまう。
「サバイディー(こんにちは)」と声をかけると、
日に焼けた精悍な顔から優しい笑顔をこぼしながら、
わざわざ手を止めて「サバイディー」と返してくれた。
メコン川の流れと同じ、静かで穏やかな時間がゆっくり過ぎていく。
posted by はるたん at 13:42| Comment(4) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

2006年03月20日

国境での出来事

タイ⇔ラオス間の国境はいくつかある。

私が行ったことがあるのは、
タイ・ノンカイ⇔ラオス・ビエンチャン(2回)

タイ・チェンコーン⇔ラオス・ファイサーイ(1回)

タイ・チョーンメック⇔ラオス・ワンタオ(1回)

上の2つの国境は、どちらもメコン川を渡る方法。
そして3つ目の国境は、陸続きの国境越え。
四方を海で囲まれている日本人にはちょっと不思議な感覚の陸続きの国境越え。

2005-08-14_13.45.25.JPG

タイ側のイミグレで出国の手続きをし、テクテクと柵をまたいでラオス入り♪

2005-08-14_13.45.37.JPG

ヤッホゥ!大好きなラオス入国〜♪

2005-08-14_13.50.01.JPG

真っ直ぐにのびた道路右側にラオスのイミグレがあり、そこで入国の手続きをする。

早速入国手続きをしようと窓口から中を覗くと・・・アレ?誰も居ない。
「サバイディー!!!」と大きな声を張り上げても、誰も出てきてくれない。
おかしいなぁ・・・
いくらノンビリ屋のラオス人とはいえ、イミグレで誰も出て来ないなんて今までなかったこと。
建物の裏手に回ったり、また表に回ったり・・・何度も何度も声をかけてやっと出て来てくれた。
なぁーんだ、居てるんやったら早よう出てこいっちゅーの!

しかし、ここからがまた恐ろしくノンビリ。
「用紙はあっちであげるから、向こうに回って。」
と言われ、荷物を持って建物の反対側へ。
そしてそこで同じ人(中はひとつの広い部屋なの)に用紙をもらい、必要事項を記入し書類を渡す。
そしたらまた、
「あっちで手続きをするから、また向こうに回って。」
えーっ、またぁ?
仕方ない。また荷物を持って建物の反対側へ回る。

そしたら・・・なんとぉ!!!

「70バーツ渡しなさい」

と、私のパスポートをヒラヒラさせながら言われた。
一瞬何のことか分からず、?なマヌケな顔をしていたら、再度

「70バーツだよ、70バーツ出しなさい。」

手続きに必要な費用はさっき払ったはず。
えー?一体何のお金なの?
訳の分からないと言う顔をしていたら、隣に居た夫、何やらピーンときたようで、「さっさと払ってしまおう」と70バーツを係りの人へ。
お金を渡すとすぐにパスポートを返してくれた。
夫曰く、
「賄賂」
そうなんだ・・・
今まで3回ラオス入りしているけど、他の国境ではこんな要求一度もなかった。

そのあと、チャンパサックのゲストハウスで一緒になった旅人(日本人2人・スペイン人1人)に聞くと、同じように要求されたらしい。
日本人2人は私達と同じような金額。
しかしスペイン人が要求された金額は、アジア人の私達よりも高かった。

1バーツは日本円で約3円なので、たいした金額ではないけど、向こうの人にしてみれば結構良い小遣い稼ぎになる。
現に、チャンパサックで泊まったゲストハウスの1泊の宿泊代は、この賄賂よりも安かったんだから!
posted by はるたん at 13:02| Comment(2) | TrackBack(0) | Laos | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

旅先で遭遇した変な人たち(日本人)1、お前も日本人やないかいっ!

いつだったか、ラオスはルアンパバーンを訪れた時のこと。

ビエンチャンから小さな小さな飛行機でルアンパバーンに移動し、そこでちょっとゆっくり町を楽しみました。
次はどこへ行く?
前日の夜に夫と地図とガイドブックを広げてどっち方向に進むかアレコレ検討し、決めたのはスピードボートに6時間乗ってメコン川を移動し、タイ北部の国境の町まで移動すること。

メコン川を移動するには、競艇のようなエンジンむき出しのスピードボートに乗るのと、少し大きめのスローボートで3日かけてゆっくり移動する方法がありました。
どちらも安全性はどうなの?って感じですが、当時のスピードボートは結構事故も多くて、メコン川の水量が少ないと岩に激突して転覆とか、ボート同士の接触とか、故障とか・・・
色々怪しげな情報も飛び交っていました。
陸路で移動するともっと大変で、体力気力日数ともにかかってしまいます。

私は初めてラオスを訪れた時から、

『私が死んだからメコン川に流して。』

と頼んであります。
実際はメコン川はガンジス川ではないので、死体を流すなんて100%無理なんだけど。
ガンジス川も現在はダメだよね?確か・・・
なので、もしスピードボートで事故に遭って命を落としたとしても、それはそれで本望かななんて思っていました。

翌朝、ホテルをチェックアウトしスピードボート乗り場まで行きました。
ボートは船頭さんを入れて7人乗りです。
ボート乗り場で出国の手続きをして、朝ご飯を食べながら待っていると同じ個人旅行をしているファランたちがやってきました。
そして20代くらいのチャラそうな日本人の男性二人組もやってきました。
奴らは思いっきり日本語でべらべらしゃべりながらボート乗り場までやってきたのに、
私たち夫婦が日本人だと気付いた途端、

『うわー、久々に日本語聞いたー。懐かしー!

と、日本語で言いました。

こいつら、バカなの?
その後も何回も

『日本語や日本語ー。久々だー。』

と、日本語で(苦笑)

一人旅でね、ずっと日本人に遭遇していない状況なら上記の言葉を発するのは自然だと思うの。
でも、チャラ男たちは日本人2人組やん?
さっきからずーっと、まるで中国人のように大声で喋ってたやん、日本語を!

更にチャラ男たちは、自分たちはいかに旅慣れているかのような口ぶりで聞いてもないことをベラベラと喋り始めました。
いやだなー、こんな人たちと同じボートには乗りたくないなぁ・・・

そうこうしているうちにボートの準備が出来て乗船が始まりました。
チャラ男たちは我先にとボートに乗り込み、一番前の席を陣取りました。
私たちはなるべく一緒にならないようにファランたちの陰に隠れて待っていました。
ボートは左右の重量をなるべく均一にしないと転覆してしまうので、船頭のオジちゃんが私たちを上から下まで舐めるように見ておおよその体重を計算しているみたい。

呼ばれるまで待っていると、後からきた白人のおでぶちんの女性とその恋人が別の船頭のオジちゃんに呼ばれました。
船頭のおじちゃんたちは現地の言葉で何やら笑いながら白人のでぶちんカップルを乗せて、そのボートはカップルだけで出発するようです。
でぶちん女性は真ん中の位置に座り、恋人は首尾あたりに座り、最後尾のエンジンのすぐそばに船頭のおじちゃんが座り出発。
ゆったりと座れていいなー。
次にチャラ男たちが乗ったボートも他の外国人たちがあと2人乗り込み、4人とオジちゃんで出発。

私たちはというと、西洋人の細長い女性と丸ぽちゃの女性二人組の旅人と、ザ・アメリカ人そのものの大柄の男性二人組の6人で1隻をシェア。
大柄で足の長いアメリカ人は首尾を陣取り早速でーんと足を伸ばしています。
真ん中の一番広い部分には西洋人の女性がササッと座りました。
私たちはむき出しのエンジンのすぐ近くの3列目の幅も長さも極狭のところに夫と座りました。
夫は足が長いので、その狭い座席には足が入りきりません。
なので私のほうに足を伸ばす形で座りました。
あぁ、なんて狭いんだ!
私は今すぐにでもエコノミー症候群になりそうなほど狭く窮屈なところに、ギューギューに押し込まれた状態です。
これで6時間も耐えられるかしら・・・

1時間も我慢して座っていると段々足腰が痛くなってしまいました。
足は前の西洋人の座席にぴったりくっついています。
私が少しでも足を動かすとその振動が西洋人の女性たちにダイレクトに伝わってしまうので、限界ぎりぎりまで我慢してから少しだけそっと足を動かしていました。

すると丸ぽちゃの女性が

『座席のスペースがないの?』

と聞いてきたので、

『ごめんなさい。とても狭くて・・・』

と謝りました。
気にしないでと言われたけど、それ以降はほとんど動かせませんでした。
(意外と気を遣う性格なのです)

途中、ボートのエンジンが故障してしまい、代わりのボートが来るまで人家も何もないところで1時間以上も立ち往生しました。
皆トイレを限界まで我慢していたので、ボートを下りて皆一目散に人目のつかない場所に隠れて用を足しました。
私はボートから少し離れた大きな岩場の陰でこっそりと。
と・・・何やら後ろから熱い視線を感じます。
振り返ると大きな水牛(たぶん野良牛)が私の真ん丸お尻をじーっと見ていました。
野良水牛に見守られながら無事に致して皆スッキリしたところでやっと代わりのボートがやってきました。
船頭のオジちゃんが荷物を入れ替え、私たちも先ほどと同じ並びで再び乗船。
その後、船頭のオジちゃんはこの時間のロスを取り戻すべく、ボートのスピードを恐ろしいほどにあげ、私たちは

『ここでこのボートが川の中の岩にほんの少しでも当たってしまったら、
 確実に全員即死だー。』

とドキドキ。
船頭のオジちゃんの腕が良かったのか、たまたま運が良かっただけなのかは不明だけど、私たちは無事にお昼ご飯を食べるボートハウスまで到着しました。
とっくに到着していたでぶちんカップルのボートと、チャラ男たちの4人乗りのボートはお昼ご飯を終えてくつろいでいます。
ちなみにチャラ男たちは他の外国人と談笑することなく、2人で、日本語で話してましたよ(笑)
何が日本語久々だっつーの!

その後ボートは絶好調にスピードを出し、まるで競艇レースのようにすごい勢いでメコンを走り抜けました。
夕方、無事にタイ北部の国境の町に到着。
6時間以上もの危険なボートの上は、川の水面の照り返しが強くて全員茹蛸のように真っ赤に日焼けしてしまいました。
プラス、私はむき出しのエンジンの爆音をすぐ傍でずっと聞いていたので、耳がおかしな状態になり、急性難聴っぽくなり旅を終え帰国しても耳の不調は続いていました。

またこの危険なスピードボートに乗るかどうかと聞かれたら・・・
うーん、無理(笑)
次回旅をする機会があれば時間がかかっても陸路で移動します。

ラオスはもう随分と訪れていません。
いつか、中国雲南省からラオス入りしてベトナムに抜けるルートを旅してみたいな。
posted by はるたん at 07:00| 千葉 ☀| Comment(0) | Laos | 更新情報をチェックする